「健」2007−5月号(株)日本学校保健研修社 特集【高等学校】
(07.05. 1)
愛という名において 振りおろされる暴力–デートDVの被害者から子どもたちを守るためにデートDVを防ぐには…
デートDVを防ぐには特定非営利活動法人SEAN(シーン)代表 遠矢 家永子
SEAN(Self-Empowerment Action Network)は1997年保育サポートを主軸に結成し、2001年法人格を取得した非営利市民団体です。2002年「ジェンダーと暴力」をテーマとしたSEAプログラム(人権教育)を開発し、出前授業として未就学児から年齢に応じたプログラムを学校教育現場等で請負っています。その一環でデートDVに関する授業依頼もあり、その要望が年々高くなってきています。
(デート)DVとは、力と支配による人権侵害である DV(ドメスティック バイオレンス)とは、夫婦などの親密な関係で起こる暴力のことで、日本でも2001年にいわゆるDV法が制定され、社会でも知られることとなりました。DV法は2004年に改正され、3年をめどに検討が加えられることとなり、2007年の改正ではデートDVを対象に入れるかどうかが争点になると言われています。
デートDVとは、恋人間で生じる暴力のことです。夫婦間にしろ、恋人間にしろ、女性が被害者になることが多く、夫婦間のDVについては毎年120人〜130人の妻たちが夫から殺されています。恋人間のDVに関しても2006年の内閣府調査では、20代女性の5人に1人が恋人から暴力を受けた経験があり、そのうち3人に1人が命の危険を感じたことがあるという結果でした。
<デートDVにおける様々な暴力>身体的暴力…殴る、蹴る、つねる、小突く、物を投げるなど
言葉の暴力…「何をやってもダメな奴だ」などと言ってバカにする、脅すなど
心理的暴力…不機嫌や無視などで不安に追い込む、行動を制限し孤立させるなど
性的暴力…キス・セックスなど性行為の強要、避妊をしないなど
携帯電話の履歴を勝手に見たり無断で削除したりするなどの行為も、「愛されている」からと受け入れてしまううちに、いつの間にか自分の行動の全てを監視され管理され自己決定権を侵害されていく支配関係となり、所有物のように扱われ、暴力の歯止めがなくなっていくことになります。
なぜ、デートDVは起きるのか?夫婦間や事実婚におけるDVでは、1つ屋根の下に住み日常を共にしており、子どもがいたり世間体があったり、別れることは容易ではありません。経済的に自立ができないなどの理由もあって、暴力を受けても我慢せざるを得ず、障害や殺害などの事件にまで至ってしまうことは、許される事ではありませんが想像はつきます。しかし、恋人間であれば付き合うことも別れることも自由なはずなのに、なぜ暴力が生じても逃げることが出来ないのか、不思議に思われる方が多いのではないでしょうか。
蔓延する日常の中の暴力 SEANで高校1年124人(女子73人・男子51人)に、アンケート調査を実施しました。暴力に関する調査結果では、「家族の中で暴力をみたことがある」と答えた生徒は女子38%、男子51%、「大人から体罰を受けたり、受けている子どもをみたことがある」と答えた生徒は女子が41%、男子が55%でした。虐待や体罰は、大人と子どもの構造的な力関係の中で、強者の位置にいる大人が「愛情表現」であると弱者の子どもにふるう暴力です。今回のアンケート結果でも、約2人に1人の生徒がそういった状況を見聞きしています。子どもの人権を侵害する虐待や体罰の中で育つことで、「愛しているから暴力を振るう」「相手が間違っていることを伝えるのに暴力を振るってもいい」などの、歪んだ人間関係を学んでしまう恐れが生じます。また、「学校で生徒同士がけんかして、暴力をふるうのを見たことがある」と答えた生徒は女子89%・男子96%でした。通常、女子よりも男子の方が、暴力に囲まれて日常を過ごしていると言えます。「強く、負けない」といった「男らしさ」の価値観は、「強者」「弱者」といった支配関係を肯定することであり、「やさしさ」を期待される女子とは違って、男子は「たくましく」あってほしいといった期待から暴力が容認される事が多いのです。そして、女子89%・男子82%の生徒たちが、「マンガやテレビドラマなどで、嫉妬や愛情表現・感情表現のために相手をたたくのを見たことがある」と答えており、社会には暴力が蔓延し、人権侵害を見抜く力あるいは把握する力が育ちにくくなっています。
「愛」と「支配」「束縛」の違い 「離れたくない」「嫌われたくない」「自分に関心を持って欲しい」という気持ちが恋愛感情にはあります。ささいな束縛であれば、喜びを感じてしまうこともあります。独占欲や嫉妬もまた、愛の表現として理解されているので、支配され所有される関係に気づきにくいわけです。そのうちに、脅しや泣き落としなどから恐怖感、不安感や依存関係が生まれ、別れられなくなってしまうのです。その上、恋人間の場合、法的な整備もなく命に関わるような危険な状態でも警察などの動きが鈍く、「別れないあなたの問題」とする周囲の関わりが被害者を更に追い込んでいきます。
「恋人に期待したいこと」「恋人から期待されたいこと」(アンケート結果より)恋人がいることは当然であり幸せなことであると、TVなどのメディアが取り上げない日はなく、恋愛に関する消費をあおる情報も日常生活にあふれています。子どもたちが読むコミックや情報誌には、特に少女マンガに男の価値は「強さ」や「指導力」であり、支配されることは愛の形であるとの表現も多く、少年マンガは女の価値は「従順さ」や「性的なからだの魅力」として表現しているものが多いのが現状です。
SEANで「恋人に期待したいこと」「恋人に期待されたいこと」について、11項目をあげ複数選択可としてアンケートをとりました。集約結果が、次のグラフです。
◆男子生徒の「恋人から期待されたいこと」「恋人に期待したいこと」
◆女子生徒の「恋人から期待されたいこと」「恋人に期待したいこと」
男子生徒は多少の変動はあるものの、「期待したいこと」も「期待されたいこと」も、?番多くあげられるのは「やさしさ」、?「気配り」、?「責任感」、?「頼もしさ」という結果でした。今回の授業は、生徒自身が「デートDV」を含む3つのテーマから1つを選択する形で実施されており、「デートDV」を自ら選んだ男子生徒たちであるせいか、恋人への期待も自分への期待も順位が大きく変わらない結果となりました。
それと比較すると女子生徒は、「期待したいこと」は?「やさしさ」、?「頼もしさ」、?「責任感」、?「気配り」であり、「期待されたいこと」は?「やさしさ」、?「気配り」、?「世話」、?「責任感」となり、恋人間における性役割への期待が伺えました。女子が男子に求めたい「頼もしさ」は、自己決定権を侵害する支配や束縛ではないはずです。「頼もしさ」と「支配」「束縛」の違いを見抜き、互いに居心地の良い関係を選び取っていく力を育むことがとても重要です。また、女の価値は「責任感」や「決断力」ではなく「気配り」「世話」などとするジェンダー(社会的・文化的に作られる性差)が横行する限り、恋人の言いなりになり従い、支配される関係を断ち切ることが難しいのは確実です。
デートDVを予防するために「愛」と「支配」「暴力」は違う行為です。「愛」は互いを思いやり大切にし、安心できる関係の中で尊重し合うことであり、DVは不安や恐怖心で相手の自己決定権を侵害する暴力であり犯罪です。その違いを把握するには、育ちの中で安心と信頼で尊重される居心地の良さを体験することが必要です。そして、恋人間における「彼女役割」「彼氏役割」といった性役割へのとらわれに敏感になる教育も必要です。また、子どもたちをとりまく様々なメディアには、「愛」と「支配」を混同させ、女性性を商品化する情報が横行しています。「生」と「性」について考え学ぶ人権教育は、デートDVや性暴力を予防するためにも必要不可欠なのです。
最後に思春期の子どもたちと共有したい、「恋愛」についてのメッセージをご紹介したいと思います。
恋をするということは
その人にしかない「よさ」に惹かれるということ
もっと近づきたい 毎日会いたい
その人に認められたいって思うこと
もし 恋人同士になれて ずっとなかよくしたいと思うなら
互いの存在を大切にし 成長を応援し
安心し合える関係をつくろう
ほんとうの気持ちを伝え合って 受け入れ合って
互いの気持ちや生き方を尊重し合おう
それが共に生きるということ それが愛し合うということ